そこにアルのに見えないモノ
錯乱
断るにしても、まだ居ると上手く言えばいいのだろうけど。
何だか、雲行きが怪しくなって来た。風が出てきた。…肌寒い。
こういった場所の天気は変わりやすい。月も星も隠れてしまった。
ポツッ、ポツッと、雨粒が頬に触れた。
あっという間だ。車のフロントガラスも、水玉模様になり始めた。
「あー、雨です。大降りになる前に、…さあ、取り敢えず、雨宿りのつもりで乗ってください。濡れてしまいます」
突然の雨のせいだ。迷いは関係なくなった。
「あ、この辺りで大丈夫です。有難うございました」
結局、私は送ってもらう事になった。
…雨が降ったから。これで良かったのかな…。
今更、人の受ける印象を気にしても仕方ないか。
路肩に寄せた車から降りようと、シートベルトを外し、ドアに手を掛けた。
不意にその手に彼の手が重なった。
え?
「あ、すいません」
躊躇いがちに一度重ねた手が離れた。
「驚かせてすみません。でも…、ちょっと待って頂けませんか?
あの…、また会えないでしょうか。
今夜会えたのは、たまたま偶然です。また偶然会えるかなんて解らない。
そんな不確かなもの、もう当てには出来ません。
また、貴女に会いたいんです。駄目ですか?
あぁ…すいません。僕はいきなり何を言っているんでしょう。迷惑ですよね…」
「あの…」
膝に置いた両手を取られた。体は自然と彼の方へ半身になった。
「…好きになりました。僕は貴女に惹かれています。駄目ですか?」
「あの…、どうして私なんか…」
「私なんかって言わないでください。…良く知らないくせにと言われる事を承知で言いますが。
貴女はきっと、人の心に寄り添える人です。
高台で…、初めて出会ったあの夜、僕はそう感じたからです」