そこにアルのに見えないモノ


「待ってください!」

彼は追いかけて来た。
そして簡単に追いつかれてしまった。
言葉と同時に腕を掴まれた。
黙ったまま佇む二人を雨が静かに濡らしていた。

「もう、お話しする事はありません。…離してもらえませんか?…お願いします」

「駄目です。僕がここで離してしまったら…、貴女にはもうきっと会えなくなってしまいます。
…貴女のことだ。高台にだって来なくなってしまうでしょ?…僕を避けて。
偶然に会う事だって、もう無くなってしまう…」

「さっきも言いました。私はそんな心境では無いのです。
貴方が好きとか嫌いとか…、それ以前の問題なんです。お願いします、離してください」


あっ。離すどころか、引き寄せられ力強く抱きしめられた。
私は肩を動かし抵抗した。
尚更きつく抱きしめられた。

「離してください…、どうしてこんな事…」

「…嫌です。離しません。いきなりこんな事をして…、許してください。
貴女は何か恐れているのですか?
心を縛り付けているモノがあるのですか?
貴女は僕に言った、何か抱えているモノがあると、…貴女も何を抱えているのですか?
どうしてそんなに頑なに…」

「貴方には関係の無い事です。私の問題です。離してください」

「離しません」

「…離してください、…離して!」

拘束されている腕をやっとの思いで動かし、彼の胸を押してみた。
< 30 / 64 >

この作品をシェア

pagetop