そこにアルのに見えないモノ
「お嬢ちゃん?…随分若いな…。お嬢ちゃんのような娘さんが彷徨くようなところではないよ。どうしたんだ?」
と。
その人は綺麗なシルバーのヘアをしていた。
バゲットが覗く紙袋を抱え、咥え煙草の煙に顔をしかめていた。この世界が似合うと言ってしまったら語弊があるだろうか。若い私でも感じた。とても色気のある人だった。いざとなったら緊張した。
「あ、あの、私、仕事がしたいんです」
「…夜の仕事はお嬢さんには無理だ。まあ、話、聞こうか」
その人のお店は昼間は軽食を出し、夜はバーになるという。
私は夜出来る仕事を探している訳、父親の残した借金の話、それに纏わる事情を全て話した。
「…母親は?どうしてるんだ?」
訊かれて首を振った。
「駄目です。母は…、それ以来ショックで、ずっと何も出来なくなっています。今は私の収入で、二人何とか暮らしています」
「…そっか。割がいいと言えば、キャバクラの方がいいに決まってるけど、…あまり目立つと会社にばれる可能性も出てくるしな…。それに危い目に遭ってもいけないし。…どう見たって経験がありそうではなさそうだしな…」
会ったばかりの私に何故こんなに親身になってくれたのかは、後々話してくれる事になるのだが。
「うちでいいなら…」
「え?」
「ん。キャバクラ程は払えないが、うちで良かったら来るか?
もう一つ事務の仕事をするくらいの給料しか出せないけど。それで良ければ…、だな。
こんなところにある店だがまずガラの悪い客は来ない。と言っても、結果酔った人間相手にはなるが。昔からの顔なじみが殆どだから。仕事も難しいことはない。やりながら覚えてくれればいい。社会人の常識を弁えてくれていれば出来る筈だ。
ま、要は気配りと愛想だな、愛想。いつからでもいいよ。
俺は総一郎だ。よろしくな」