そこにアルのに見えないモノ


「そちらのお嬢さんと、少しお話をしたいのですが、相手をして頂いても?」

あくまで、従業員と客の体で話すつもりらしい。

私は頷いて黒崎さんの前に立った。

黒崎さんが小さく手招きをする。

顔を少し寄せると、小さい声で囁く。

「酔っ払いの戯れ事だと思って相手してください」

どういう事だろう…。

これから何があるのか解らなかったが一応頷いた。

声のトーンは低かった。

「僕は暗黒の宇宙に投げ出された気分です。
あれからずっと…。
貴女を思えば思う程、八方塞がりになるのです。

僕らの置かれた環境は…、今からでは進めないように取り囲まれているのでしょうか…。

貴女も考えましたよね?
もし、僕とつき合ったら、…貴女のお母さんはどんな気持ちになるのか…。

誰もが傷付いていない昔なら出来た事が、今は気持ちがあってもどうにも出来ない…。

そうですよね?」

カウンターの上で両手を包まれた。

話してる内容は周りには聞こえていない。

手を握り、神妙な顔つきの二人は、まるでプロポーズを受けているように見えたらしい。

突然あちらこちらのボックス席から勘違いした声があがる。拍車までされた。

「よっ、御両人、おめでとう」

「美男美女、憧れのカップルだ、妬けちゃうねー」

「若いってのはいいね〜」

みんな酔っている。
無視していても大丈夫だろう。

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