メリー*メリー
僕はゆっくり扉を閉めた。


閉めた後も、僕は少しの間、玄関のドアノブを握ったまま佇んでいた。


「行か、なきゃ」


渦巻く記憶を振りきるように、むりやり声を絞り出して向き直った。


立ち止まっている暇はない。


僕は足を踏み出した。


時折強い風が吹いて、ぶわりと体温を奪っていく。


…ああ、寒い。


これだから冬は嫌いだ。



「しーい」


学校に着いたところで、ジャージ姿のユズに背後から呼び止められた。


「あぁ、ユズ。おはよう」

振り返えって見えたユズはいつもと同じ元気いっぱいの明るい笑顔で、今の僕には眩しいくらいだった。


「はよ。なあ、椎、お前、朝からすんごい暗い顔してんな」


どうしたんだよ、と心配そうな顔をされる。


「…暗い顔してる?」


「おう」


ユズに言われてしまうなんて、僕は相当暗かったんだろう。


「何でもないよ」


咄嗟に笑顔を張り付けたところでユズに対して意味をなさないと知っていても、むしろ逆効果だと分かっていても、それでも僕は笑ってみせた。

ユズは目を見開くと、眉間にシワを寄せた。


「…んだよ、それ」


案の定ユズは怒りだして僕の胸ぐらを掴んだ。


「お前、俺を誰だと思ってんだよ。お前の幼馴染みだぞ。俺にそんな嘘が通じると思ってんのか!」


「思ってないよ」

僕は穏やかに言いながら、ユズの手を退けた。

「嘘を吐いたことは謝るよ。ごめんね。
でもユズに心配させたくなかっただけなんだ。その気持ちだけ分かってほしい」

ユズは不服そうに「で、んだよ」と尋ねた。

「…言うほどのことでもないよ」

僕は空を見上げた。


雲で覆われた、灰の色。


「…もう、大丈夫だから」


僕はそれだけ言った。

ユズは全てが分かった様子でそれ以上は何も言わず、同じように空を見上げた。

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