メリー*メリー
「いつも、そうやってあの人のことを思ってるのか?」


ユズの戸惑い勝ちな問いかけに、僕は首を横に振った。


「…たまにね」


ふとした瞬間にそれはやってくる。

唐突、やってくる。

あの人はいつも僕の思いがけないタイミングで僕に笑いかける。優しいことばをくれる。

思いがけずに訪れるその瞬間。だからこそ余計に苦しくて辛くなる。

そして思い出したら最後、なかなか心から出て行ってくれないものだから本当に困るんだ。


「あぁ、もうこんな時間か」

ユズはスマホの画面を見ながらそう言った。

「そろそろ行かないと」

腕時計で時間を確認すれば、8:47。もうすぐ活動開始の時間だ。

「僕もそろそろ時間だ。じゃあまたね」

僕はそう言って彼を見送った。

ユズは2,3メートル進むと振り返った。


どうしたの、問いかけるより先にユズは言った。


「…もう、嘘をつくなよ」


ユズは僕を見ながら、決して大きくはない声で、けれど確かに言った。


「せめて、俺にだけは」


その言葉は限りない優しさで満ちていた。

全てを包み込んでしまうような、まるで陽だまりのような優しさがあった。

ユズに勝てる場所なんて僕にはないけれど、絶対に勝てないなと思った。

僕が他人から嘘をつくなとどれだけ言われても今までと変わらず嘘をつき続けることを分かっていて、その上でこう言うのだから。


あぁ。

もう何度、この優しさに僕は救われて来ただろう。



「…あぁ、そうするよ」


ユズは僕の言葉を聞くと前を向き直って歩きだした。

僕はしばらく遠ざかるユズの後ろ姿を見ていた。

その姿が大分小さくなったところで、僕は校舎のすぐそばにあるこじんまりした園芸部のコーナーに向かった。

その足取りは今朝登校してきたときより随分軽かった。

今にも降りだしそうなぐずついた灰色の空みたいな心も、多少青空が見え隠れするくらいには明るくなった。


いつだって、そうだった。


どうしようもなく落ち込んで暗くなった僕をいつも助けてくれたのは、ユズだった。

泣いてばかりの僕を、いつまでも笑わない僕を、見放さずにいてくれたのは、ユズだった。

彼は僕が羨ましいと言うけれど、彼がそう思うのと同じくらい、いや、それよりもっと強く、彼のことを尊敬していて、そして、羨ましく思っている。
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