メリー*メリー
だから、と僕は溜息を吐きながら、レイに言った。

「僕は今、自分とレイの生活でいっぱいいっぱいなの。それに犬を買うのにもお金がかかるし、飼育するのにもお金がかかるの。僕にそんな余裕はないの」

「分かった?」と僕が問うと、レイはそっぽを向いて黙ってしまった。

まったく、聞き分けのない子どもみたいだ。
 
「レーイ?」

僕がレイの顔を覗き込むように見ると、レイはふくれっ面をしながら一言「椎のケチ」と小声で言った。

「ケチでも何でもいいよ」

僕は溜息を吐いた。

「何を言われても飼わないからね」

レイは完全に拗ねてしまったようだ。もう何も言わない。

はぁ、と僕はまたため息を吐いた。

「レイ、そこの喫茶店に寄ろうか」

レイは不思議そうに僕を見た。

「甘いものでも食べようよ」

甘いものは、心まで満たしてくれるから。



「お待たせいたしました。ホットココアとコーヒーです」

運ばれてきた2つのマグカップ。白い湯気が立ち上り、優しい香りが広がる。

レイは「ありがとうございます」とホットココアの入ったマグカップを受け取ると、ふうふうと息を吹きかけ冷ましてから一口飲んだ。

そして、ほう、と息を吐いて、うっとりとした表情を浮かべる。

「おいしい?」

そう尋ねれば、レイはこくんと頷いた。

「おしいです、すごく」

そしてマグカップのなかのココアをまじまじと見つめる。

「どうかしたの?」

するとレイは「あの…」と俯いてココアを見ながら言った。

「椎が作ってくれるココアと味が違います…」

「どうしてなんでしょう?」ととても不思議そうな顔をしている。

僕は笑って「それはそうだよ」と言った。

「お店のココアだもん。僕がつくるインスタントのものとは違うよ」

するとレイは「そうなんですか!?」とひどく驚いた様子で僕を見上げると、またココアを覗き込んだ。

…ほんと、いちいち可愛いな。

なんて、レイを見ているとそんなことを思ってしまう。

2人きりの喫茶店、流れる穏やかなピアノジャズ。ゆるり、穏やかな時が流れる。

僕はピアノジャズの音を聞きながら、ミルクを溶かした甘めのコーヒーを口に含んだ。

< 29 / 95 >

この作品をシェア

pagetop