メリー*メリー
「ほんと、嫌になるよ。

トラックの運転手のことを恨めなくて。

じゃあ、誰を恨めばいいのって。

どうして父さんが死ななきゃならなかったのって。

ずっと、悩んで」


誰かを悪者にしないとやっていられなかった。


僕がぽつりとつぶやくと、レイはか細い声で僕の名前を呼んだ。


「今は違うけどね」と僕は薄く笑った。


「あの時の僕は、悲しみを通り越して怒りさえ覚えていた。

でも、母さんは違ったんだ」


あのひとは、違った。


「トラックの運転手が悪いとか、恨むとか、憎いとか、そう思うんじゃなくて。

ずっとずっと、父さんがいなくなったことを悲しんでいたんだ」


どうして、って。


「どうして、って、ずっと泣いていた。

身体から水分が全部出ていってカラカラに干からびてしまうんじゃないかって心配になるほど、泣いていた」


泣き崩れる体を、父さんの名前を呼び続けるか細い声を、今もずっと忘れられない。


「それから、母さんは体を壊していった。もともと体が弱いひとだったけど、父さんが突然いなくなったことが余程ショックで、ストレスになったみたい。

それで、僕が中学2年生の頃についに入院したんだ」


『ごめんね』って。

寂しそうに、儚げに、笑ってた。


「椎…」

「入院してからも、母さんの病気は深刻化していくばかりで、全然治る兆しなんてなくて」


日に日に儚さが増していくだけで。


「それでも、母さん、いつも笑ってた」


『あら、椎。学校はどうだった?』って、僕が病室に行くたびに、笑顔で尋ねて。


「だけど、父さんの命日だけはどうしてもお墓に参りたいって言って聞かなくて」


いつも、母さんはお医者さんや看護師さんの言うことをきちんと聞いているのに、これだけはお医者さんの言うことも、看護師さんの制止も聞かなくて。


「お医者さんの許しもでないまま、母さんは病室を飛び出していった」


病気のせいで一日中寝ていることが多くて、筋肉も落ちてやせ細って、普通に歩くことも難しかったのに。


病院の人に見つからないように、走って。


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