メリー*メリー
「ハナさんのお店で花を買って、その後、信号を渡ったんだけど、母さん筋肉がすごく落ちていたから途中で足が動かなくなって、道の真ん中でうずくまってしまって、そのまま…」


僕は目を閉じた。


いつのまにか握りしめていた僕の拳を、レイは両手でぎゅっと握った。

少し冷たい温度が、心地よかった。


「そのまま、車にひかれて亡くなったんだ」


急ブレーキをかけたけど、間に合わなかった。そう運転手の人は言っていた。

母さんが車にひかれたって担任の先生から連絡を受けて、慌てて母さんに会いに病院に行って、親戚のおばさんやおじさんに会って。

おばさんとおじさんの家に住むとか、母さんの葬式のこととか、今まで家族で住んでいた家をどうするのかとか、いろんなことが淡々と進んでいって、だけど全然覚えてない。

時間が止まったみたいに、何も考えられなくて。


「それから、僕は親戚のおばさんとおじさんのところでお世話になったんだ」


色々よくしてくれた。

本当の息子みたいに、大切に扱ってくれた。


「だけど、それでも僕は彼らの本当の息子じゃないから」


だんだん、おばさん、おじさんの家にいるのが申し訳なくなってきた。

『気をつかわなくていい』

『本当の家だと思ってくれていい』

2人はそう言ってくれたけれど。


「だから、高校生になって、おばさんとおじさんの家を出たんだ」


僕は、1人で生きていくことを決めた。


「それから、今までずっとあのアパートに住んでるんだ」


「…椎」


レイの声ではっと我に返る。


「あ…ごめんね、つまらない話だったね。忘れてくれて構わな…」

構わないから。

そう言い終わる前に、レイが「忘れるわけないです!」と大きな声で僕の言葉を遮った。


「レイ」

「忘れるわけないでしょうが。椎の、大切な過去なんですから」


忘れるわけないです。

レイは繰り返しそう言った。


「レイ、なんで泣いているの」


瞳に涙を浮かべていた。


「椎が、泣かないから」


僕の問いに、レイはとんちんかんな理由を並べる。

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