メリー*メリー
ふわり、ふわり
胸のなかに、よく分からない感情がある。

今までにはなかった感情だ。


怖いと、思う。


自分でもよく分からないけど、


この感情の名前を知ることが


とても怖いと思うんだ。





「椎」

「なに?」


「ばれんたいんでえって何ですか?」


突然、何を。

そうは思ったものの、理由は分かった。

夕食の後、二人でテレビを見ていると、バレンタインデーには好きなひとにチョコレートを贈ろう、という趣旨のコマーシャルが流れた。

それでこっちの世界に来て間もないレイはバレンタインデーという言葉に疑問を持ったと、そういうことなのだろう。

だけど。

「それ、僕に聞くの?」

いちばん、今いちばん答えたくない問題だ。

なぜだか答えるのが非常に不愉快なのだ。

「椎、知らないんですか?」

「いや、知ってるけど」

「じゃあ何で答えてくれないんですか!」と案の定レイは怒る。

知っているのに教えてくれないんだ、レイが怒るのはもっともだと思う。

相当ないじわるだと自分でも思う。

だけど、答えるのが無性に不愉快だからこちらとしても仕方のないことなのだ。

なんて、考えてみても、僕が悪いことに変わりはない。

「もう、椎なんて知りません!」

僕が答えないままでいると、ついにレイは立ち上がった。

「どこに行く気?」

「もう椎と一緒にいたくないんで、寝ます!」

バタン、と勢い良く扉は閉まった。

僕に対してはらわたが煮え繰り返るほど怒ってるくせに、「おやすみなさい!」と挨拶は欠かさない。

レイの変なところで律儀になるのがとても可笑しくて、吹き出してしまった。

同時に自分が弱いなあと思った。

訳の分からない感情に任せて、レイにバレンタインデーの意味も教えない自分が、情けなく思えた。

この感情に名前をつけてしまおうか、なんて馬鹿げた考えがちらりと過る。

いいや、やめよう。

意味のないことだ。

名前を付けても付けなくても、訳の分からないこの感情が僕の中にあることに変わりはないのだから。

そう思い込んで、僕は眠りについた。

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