メリー*メリー
「椎…」

その瞳に涙を浮かべて、レイは僕を見上げた。

「ど、うしたの」

僕は慌ててレイに駆け寄ってしゃがんだ。

台所にはお菓子作りの時の幸せな甘い香りが漂っている。

辺りを見渡せば小麦粉の袋や溶けたチョコレートやそれが入ったボール、混ぜるのに使ったのだろうヘラまでもが床の上に転がっていた。

嵐が過ぎ去ったかのような悲惨な状態の台所に目をやりつつ、「何があったの?」と尋ねた。

するとレイは「ごめんなさい」と悲しさや申し訳なさでいっぱいの声で謝った。

ポロポロ、ポロポロ、涙を零している。

「紗由さんから、明日だって、教えてもらったんです…バレンタインデー」

胸に突き刺さるような衝撃が走る。

バレンタインデー。

好きなひとにチョコレートを渡す日。

紗由のことだから、何も考えずに、否、むしろ楽しんでレイに教えたのだろう。

僕はこっそりため息を吐いた。


「だから、椎に…お菓子をつくろうって思ったんです」


思わず目を見開いた。


「紗由さんに相談したら、私にも作れるお菓子の作り方教えてくれて…でも、失敗ばっかで材料もこぼしてしまうし、全然うまくできなくて…」

レイは泣きじゃくりながら続けた。

「紗由さん家で作った時は上手にできたのに…!」

零れる涙は、悲しみの色をしていた。

胸が痛くなるほど、その声は掠れていた。

「し、い」

気が付けば、その震える肩をそっと抱きしめていた。

「大丈夫」

僕はゆっくりそう呟いた。

「大丈夫だから、泣かないで」

レイは顔を上げた。

その長いまつ毛に涙の粒を乗せていた。

小さなその頭を撫でながら僕は微笑んだ。

「これから一緒に作ろうよ」

レイは目を見開いて驚きの顔をした。

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