メリー*メリー
「椎くん、おはよう」

下駄箱で声をかけてきたのは紗由だった。

「紗由。おはよ」

紗由はにっこり笑顔だったけれど僕を見て心配そうな顔をした。

「どうしたの?なんだか元気ないように見えるけど」

「ああ、ちょっとね。でも大丈夫だよ」

「心配しないで」と僕が無理矢理笑顔を作って答えると、紗由はまだ心配そうな顔をしながら「そう…それならいいんだけど」と小さな声で答えた。

「私、職員室に用事があるの。また教室でね!」

紗由はにっこり笑顔で手を振ると、パタパタと廊下を小走りで走っていった。

きっと、紗由の優しさだったんだろうと思う。

元気のない僕を気遣って、理由を言わない僕の気持ちを汲み取って、僕を1人にしておいてくれた、紗由の優しさ。

きっと、紗由は嘘を吐いた。

職員室に用事なんて何もなかったのだろう。

だって、ほら。

紗由が走っていった先には職員室なんてないから。

それでも、嬉しかった。

紗由の優しさが嬉しかった。


「しーい」

聞きなれた声が聞こえてはっと振り返る。

「…なんだ、ユズか」

おはよう、と言葉を返すと、「なんだとはなんだ」としかめっ面をされた。

「それより、どうしたんだ。そんな思い詰めたような顔をして」

何があったんだ、と少し強い口調で尋ねられて「何でもないよ」と少し笑った。

何でもないという言葉を聞いて眉を潜めるユズに、「ただ、ちょっとね」と言葉を付け加えた。

少し、甘えて見てもいいのかな。

「話を聞いてくれる?」

するとユズは目を見開いて「そりゃ、かまわないけど」と言った。

「驚いた。椎がこうして甘えることがあるなんて。どういう風の吹き回しだ?」

「何でもないよ。ただちょっと、僕の手には負えないことがあってね」

僕は苦笑いをした。

正直、お手上げだ。

僕に扱いきれる問題なのかさえ分からない。

初めてだ、こんな悩みを抱えたのは。

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