メリー*メリー
「椎、ありがとうございます。そう言ってくれただけで、もう十分なくらいに嬉しいです。
それに、本当に幸せでした。椎と過ごせた時間。
今このまま消えても、後悔はなにも残らないくらいに」

レイは微笑んだ。

強がりだ。

レイはいじっぱりだから。

だって、ほら、またひとつ涙がこぼれる。

涙を流しながら、微笑む。

その表情を、僕はどこかで見たことがあった。

「…僕は絶対後悔する。このままレイをなくしたら、絶対後悔する」

脳にこびりつくほど覚えている表情。

『椎、ありがとう。大好きよ』

母さんが最期に僕に笑いかけてくれた、あの笑顔とすごくよく似ていた。

僕は拳を強く握った。

…もう、嫌だ。

散々だ。

このまま大切な人をまたなくすなんて、またあんな辛い思いをするなんて、もう、嫌なんだ。

僕はその華奢な腕を掴んで引き寄せた。

「し、椎!?」

レイは驚いて慌てているようだが、僕はぎゅっと抱きしめていた。


「嫌だよ。いなくならないで」


願うように、祈るように、僕は言った。

「椎…」

レイは呟くように僕の名前を呼ぶ。

いつだって、レイは僕の名前を呼んでくれた。

『しーい!』

明るくて、優しくて、可愛くて、まるで蕾が花開くような声で。

だけどもうこの声が聞こえなくなるのだと思うと、どうしようもなく切なくて、悲しくて、寂しくて、抱きしめる力を強くする。

「私だって、嫌だ」

レイは呟くように言った。

「椎のそばから離れるなんて、消えてしまうなんて、嫌だ」

ポロポロ、ポロポロ、涙を流す。

「もう、どうしてくれるんですか!」

突然レイはいつもの口調に戻った。

「全部、全部、椎のせいです!」


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