王道恋愛はじめませんか?
「……?」
振り向いた彼女と、目が合った瞬間、俺の心はまたざわついた。
今日の俺はやっぱりとこか、おかしい。
――いや、彼女の前の俺限定だけど。
『あの…さ、』
引き留めたのはいいものの、何を言うつもりもなかった俺は、次の言葉が出てこない。
名前を聞きたい。
彼女のことを知りたい。
そう思うけれど、彼女のことを知った俺が、これからどんな風になってしまうのかが怖くもあった。
こういう時、男らしくなれない自分が嫌になる。
彼女の名前を聞いて、連絡先を交換して、次に会う約束を、取り次げばいい話なのに。
「…杉原さん……?」
『っ……』
彼女に名前を呼ばれて、ハッとした。
彼女に見つめられただけで、どうしてこんなにも胸の奥が苦しくなるのだろう。
『ま…また、来てよ。』
「え?」
『――コンサート。』
俺の拙い言葉に、一瞬、目を丸くした彼女だけど、すぐに笑顔を見せて、大きく頷いてくれた。
「…はい。これからも、応援してます。」
そう言って、今度こそここから去っていく彼女の後姿を、見えなくなるまで見つめ続けていた俺。
彼女と別れた瞬間から沸き起こった、彼女の名前を聞かなかった後悔に襲われながら――。