この感情を僕たちはまだ愛とは知らない
静かな病室で私は憤りを感じていた
「なんでちゃんと言ってくれないの」
死ぬということ命のありがたみが根本から欠如しているのだ
抗生物質の混じった点滴が落ちるのをみながら私はため息をついた
瑞希という名前意外なにも知らない
瑞希がこのままではしかたない
帰りかけた私の手首を握る手
酸素マスク越しになにか言ってる
私は瑞希に顔を寄せた
「世話やき」
なんでよこんなに心配してあげたのに
私は瑞希を睨みつけた
お節介かもしれないけど言うべきはありがとうでしょ
「もう心配なんてしてあげないんだから
好きにすればいいじゃない」
私は鞄を持って歩きだした
電車で帰ろうと思ったけどやっぱりタクシーで帰ることにした
タクシーに乗るとどっと疲れが増してきた
「お客さん大丈夫?
だいぶ疲れてるみたいだけど」
「大丈夫です」
「若いのに大変だね
仕事づめなんて」
「ええまあ」
窓ガラスに映る自分の顔、確かに疲れてるかも
そもそもなにもかも瑞希のせいだ
マンション前でタクシーを降りてふらふらな足取りで部屋に帰る
暗い部屋でソファーに倒れこむ
瑞希の匂いがする···
私はゆきさんのことを忘れたことなんてない
でも···気になってる?
ペットときいたら周りはどう反応するだろう
いい年してバカみたいと嘲笑うだろうか
もう疲れた寝よう
翌朝、時計を見て慌ててとび起きた
ヤバい遅刻
もう最悪
なんでこんなときに携帯が鳴るのよ
「はい」
「おはよ」
えーっとオレオレ詐欺?
「入江田」
「あーっ部長すみません今いきますから」
「誰と勘違いしてんだ?」
「へっ?」
「ワンって鳴いて忠犬面して電話してやってんのに
退屈で死にそうだ
少しかまえ俺様を」
えっと瑞希ってこんな俺様系だっけ?
ってそんな場合じゃない
「瑞希ごめんね
今それどころじゃなくて」
「はいはいご主人さま
俺は点滴という名の電柱に繋がれてればよいのですね」
「とにかく今、忙しいの
わかってよ理解してよ」
「じゃあ帰りにご主人さまの顔がみたい」
「わかったわよ」
「ご褒美は?」
「なにがいいの?」
「キス」
「しないわよじゃあね」
クゥーンとわざとらしく鳴いた瑞希をほっといて私は会社に急いだ
会社につくなりみっちり叱られ挙げ句に外回りのお使いまでついてきた
午前中の業務が終わったのは昼休みが半分削れた時だった
今日は栄養ドリンクとパンを片手に仕事を片づけていたが終わらない
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