この感情を僕たちはまだ愛とは知らない
翌朝まったく同じシチュエーションで起こされた
「瑞希」
「ん?」
掛け布団の上に乗って丸くなっている
「ん?じゃないでしょ」
「おまえ温かいしいい匂いがする」
「わかったわよ今日は特別」
私は掛け布団の上にいる瑞希に向けて腕をひろげた
瑞希はゆっくりと近づいてきてぎゅっと抱きしめてくれた
「とまらないかもな?」
「時間ならまだあるから」
瑞希が私を押し倒してキスをしようとして止まる
「キスしたらとまらなくなる
とまらなくなったら傷つける
俺はどうしたらいい?」
珍しくしゅんとした犬のような瑞希がおかしかった
「キスして」
目を丸くした瑞希は頷くより早く唇を重ねてきた
強く強請るうちに目覚まし時計が定刻を指して鳴りだした
「行くんだろ?」
頷いた私を見て満足したのか瑞希はそっと離れた
「瑞希いなくならないよね?」
自分でもびっくりするような言葉
「ああ」
でも瑞希は頷いてくれる
私は急いで支度をして家を出た
バスや電車に揺られながら会社に着くと美沙が声をかけてきた
「おっはよー」
「おはよ」
「わんこくんは元気になった?」
「うんまあね」
「ねぇ今日デートなの麻衣、残業変わって」
手を顔の前でパンと鳴らして美沙が言う
「もうしかたないなぁいいよ」
私は自分のデスクに就くなり美沙の分の仕事も引き受けた
お昼休みになってみんなお昼に出て行っても私はまだ続けていた
「熱心だな」
声がして振り返ると菅さんだ
「ええまあ」
「こないだの件、白紙にはさせないからな?」
「えーっと」
「ヤタガラスの橘瑞希だ
奴を警察にリークされたくなかったら俺と付き合え」
「お断りします
脅したって無駄ですから」
「ほう」
せっかく打ち込んだデータを全て消去されてしまった
「ちょっと」
「わかったな?」
振り返った私に強引にキスしたかと思えば写メを撮られ拡散されてしまった
「うそ···」
私は渋々頷くしかなかった
「それと今日は食事に行く
橘瑞希に伝えろ」
「···」
私はスマホで瑞希にかける
寝ているのだろうかなかなか応答がない
「はい」
「瑞希ごめんね今日、仕事で遅くなりそうだから」
「声うわずってる
なんかあった?」
「なにもないよ普通だよ」
「なんかあった?」
「うっ···とにかくもう切るねバイバイ」
瑞希はこういうことは鋭い
「いい子だ」
菅さんが行ってしまうのを確認して仕事を再開した
もちろんスマホは電源を落としていた
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