恋する歌舞伎
お絹が酒の支度をしている時に、長右衛門は十五年前の出来事をふっと思い出す。

長右衛門はかつて宮川町の芸妓おかんと深い仲になり、心中しようとした。

しかし決心が鈍ったため、おかんだけが桂川に沈み、自分だけ生き延びたという過去がある。

お半は今年で十五歳。

しかも二の腕には「長」という痣があることからも、お半はおかんの生まれ変わりなのではないかという思いが、ふと頭をよぎる。

すると一度の交わりでお半が妊娠したのも、この因縁であったかと合点がいくのだ。

そうして深く煩悶しているところ、門口から自分を呼ぶのは思いつめたようにみえるお半!

この若い娘は、報われることのない恋を儚んで死を決意し、今生最後と長右衛門に会いにきたのだ。

そうとは知らず長右衛門は、まだ幼い彼女を諭すように自分から別れを切り出す。

お半は憂いながらもそれを承知し、長右衛門の家を離れていく・・・。

消え入りそうなその様子に胸騒ぎのした長右衛門だが、直後にお半の書置きを見つけ、彼女が死ぬ覚悟であったことをはじめて知る。

男は後悔する間もなく、妻を残した家を飛び出し、桂川を目指していくのだった。


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