恋する歌舞伎
怒りがおさまらない揚巻だったが、同僚のとりなしで意休を残し、ひとまず店へと入っていく。

そこへ尺八の音がとどろき、蛇の目傘を差し、黒の着付け、紫の鉢巻きを粋に結んだ姿の男が現れる。

この男こそが江戸の女性たちを虜にする助六なのだ。

彼が登場した途端、吉原の花魁たちは吸い付けたばこ(※2)で歓迎する。

動じない素振りをみせる意休を横目に、助六はやりたい放題。

「俺は煙管の雨がふるほどモテモテだ」と自慢したり、分けてやると煙管を足に挟んで突き出したり、意休を「女郎にふられ続ける蛇」よばわりをしたりと悪態のオンパレード。

しかしこれには理由があった。

助六の真の姿は曽我五郎という侍。

父をある男に殺され、その敵討ちをしようと虎視眈々と狙っていたのだった。

そのためには、盗まれた宝刀・友切丸(ともきりまる)が必要で、見つけだすためにわざと喧嘩を吹っ掛け、相手に刀を抜かせようとしているのだ。

意休もその詮議のターゲットなのである。


(※2)煙管(きせる)にたばこを詰め、遊女らが唇をつけて息を吸い込み火をつけすぐに吸える状態にしたもの。いわば間接キスの効果がある。

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