あなたはわるい人ですか?
会社を辞められるほどの実力も覚悟もなくて、小説は定時を過ぎて家に辿りついてから黙々とやるしかない。最近は疲れていても書けるから書いてしまう。久瀬さんのことについて書くとき、指先は止まらなかった。
ちょうどその日は、前日の睡眠時間を削ってしまった日だった。会社でも家でもパソコンと睨み合う生活に少し疲れが出始めていた。金曜日で、一週間の疲れが溜まっていたこともある。だから、帰りの電車の中で熟睡してしまったのだ。
「―――かさん。起きて。高坂さん」
夢の底から声がする。
「……はい?」
目を覚ますとそこに、覗き込んでくる久瀬さんの顔があった。遅れてここが電車の中だということを思い出す。
「高坂さん、この駅で降りるんでしょう」
「!」
慌てて駅の表示を確認すると最寄り駅だった。
「! すみません!」
なにがなんだかわからないまま謝って、電車を飛び降りる。直後にドアが閉まって、電車はゆっくりと動きだした。電車の中で、久瀬さんは優しく笑ってこちらに手を振っている。彼の口が「気を付けて」と形どった。急いでお辞儀をする。
会いたいと思っていたら会えてしまった。
たまたま同じ電車に乗るなんて、すごい偶然もあるもんだ。