あなたはわるい人ですか?
土曜日。ニットにジーンズ。目深に帽子をかぶって出かける。自分でもどうしてこんな変装じみた格好をしているのかわからない。

本当に心の底から苦手なことは、避けて生きていけるものだと思っていたのに。でもここでせっかく掴んだチャンスを手放すわけにもいかないし。

人の闇を描く知見。そこを乗り越えない限り、私の作家生活はあの一瞬で終わってしまうのだろう。あの受賞がわかった瞬間の沸き立つ気持ちも、みんなが私の書いたものを読んでどう感じたのか、教えてくれる嬉しさも、全部、あれっきりになってしまう。



そんなの嫌だ。



そう思うと勇敢なもので、足は映画館へ向いていた。

目的の映画は、大きなシネコンの隅っこのスクリーンでやっていた。上映時間も一日一回だけ。客席の入りもまばらだった。もっと注目されているものにするべきだったかもしれない。内容はバイオレンス。苦手な暴力、そして裏社会の人身売買を描いたものだった。

チケットを購入し、ゲートを通って座席につくと、じっとりと嫌な汗がにじむ。



(大丈夫大丈夫……)



死なない死なない、と自分に言い聞かせる。どれだけ残酷でグロテスクなものを目にしても、死ぬわけじゃない。それでも確実に、自分の中の何かが損なわれる気はするけれど。

漫画や小説ではダメだった。嫌悪や恐怖を感じた瞬間に本を閉じて、簡単に逃げることができてしまうから。映画館を選んだのは、逃げ場を自分に与えないため。

席はまばらだったが、私より後に男性が一人、隣に着席した。ちょうど同じ歳くらい、二十代後半といったところだろうか。こんなに席が空いているんだから、離れて座ればいいのに。これじゃあまるで二人で映画を観に来たみたいだ。



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