落ちてきた天使
「それにしても、綺麗な浴衣ね。彩ちゃんに凄く似合ってる。彩ちゃんのこと、よく分かってるのね」

「はい。私には勿体無いぐらいの人です」



実は、この浴衣は皐月がプレゼントしてくれたもの。


花火大会に行く約束をした二日後、浴衣一式を持って皐月が帰ってきた。


私が気を遣わないように、『俺が着てほしくて』なんて分かり易い嘘を言ってたけど、本当は私が着たがってたことに気付いてたんだと思う。皐月はそういう人だから。



「そうだ。ちょっと待ってて」



女将さんは何かを思い出したようにパチンと手を叩くと、部屋の片隅にある三面鏡の引き出しから桐箱を取り出した。



「これなんだけど」



蓋を開けると、中には扇型の黒いかんざしが入っていて、光沢がある紫色や桜色で大菊が描かれていた。



「わぁ!綺麗……」

「若い頃、主人に貰ったかんざしなの。この菊は蒔絵螺鈿っていう技法で描かれていてね。掘った所に金銀の金属粉や貝殻の内側の部分を切り出してはめ込んでいるのよ」



かんざしを手に取って光に当てると、大菊はキラキラと輝きを放った。


何気なく裏をみると、“本べっ甲”とやや小さく掘ってある。


それって確か、ウミガメの甲羅が原料でかなり希少だって何かのテレビ番組で見たことがある。


それに、この蒔絵螺鈿の大菊はかなり細かく繊細で輝きも凄い。



一目見ただけでも素敵で目を奪われるのに、素材や作り方まで凝っているなんて。


これは相当高価な物だって、無知な私でも安易に想像出来た。



こんな素敵な物を贈るなんて、おやっさんは案外ロマンチストなのかも。


羨ましいな。
いつまでも仲が良くて、絵に描いたような夫婦で憧れる。


そうしみじみと思っていると。



「これ、貰ってくれないかしら?」



思い掛けない言葉が耳に届いた。





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