落ちてきた天使
苦渋の表情で私を見据えながら話を止める皐月に、私はゴクリと唾を飲んだ。


あの悲惨な火事のことが脳裏に浮かぶ。

冷や汗が皮膚の裏側からジワリと湧き出るような気持ち悪い感覚と、ゴゴゴッと炎が燃え上がる音、この身が焼けるような暑さ。

そして、お父さんとお母さんの最後の姿。

あの惨状がリアルに蘇ってきて、徐々に息が荒くなり始めた時。


「彩」と、皐月の腕が私を包み込んだ。


少し汗の匂いがする。
でも、全然嫌じゃなかった。

むしろ、その皐月の匂いと一定のリズムで刻む鼓動に、私はすぐに落ち着きを取り戻した。



「ごめん。思い出させて……大丈夫か?」

「ん……平気」



頭上から聞こえてくる酷く心配した様子の皐月に、まどろんだ声で返す。


皐月が腕の中にいる私を離そうと肩に手を置いた瞬間、私は逆に離されないように皐月の腰に回した手に力を入れた。



「彩?」

「……今はまだ、こうしててほしい」



こんなこと言うのはちょっと恥ずかしいけど、今は離れたくない。

まだ皐月の匂いと温もりの中にいたい。



「いいよ、いつまででも」

「そんなこと言ったら、私離れないよ?」

「むしろ大歓迎。本当は誰の目にも触れさせたくない。ずっとこうして俺の腕の中にいればいいのにって思ってる」

「っ……」



皐月の甘い告白に胸がとくんと高鳴る。

幸せだ。
こんなこと言ってもらえるなんて…

皐月の一言一言、言動一つ一つから大切にしてくれてるって伝わってくる。


でも、まだ肝心な所を聞いてない。


大切に思ってくれてるんだからもういいじゃないって思う自分と婚約者のことが引っかかって不安な自分が胸の中でいがみ合ってる。




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