落ちてきた天使
「まだ彩が施設にいた頃、木の上で泣いてた姿を思い出した。それから、里親に引き取られる日に見せてくれた笑顔も……もう泣かせたくない。これからは俺が兄貴として彩を守ろうって決めたんだ。でもあの日…彩が木から落ちてきた時……俺、やっぱこいつの兄貴にはなれねぇなって思った」



皐月は私の後頭部に甘えるように顎を置いた。

その仕草にドキドキしつつ、皐月が何を言おうとしてるのか見当がつかなくて、「どうして?」と腕の中で少し首を傾げた。

すると皐月はふっと笑った後、間を置いて躊躇いがちに口を開いた。



「……天使が落ちてきたかと思った」



ドクンと、皐月の心音が速くなった気がした……ううん、気のせいじゃない。

確実に皐月の拍動が激しくなり、それにつられて私の心臓まで怖いぐらいに跳ね上がった。

皐月の恥ずかしげな低音の声。
高鳴る心臓。

見たい…皐月が今どんな表情をしているのか。

私の想像通りなら、皐月は耳や首まで赤く染めて恥ずかしいのを隠すように眉を寄せてるはずだ……


顔を上げて皐月の表情を見ようと身じろぎする。

だけど、皐月はそれを制するように私の頭を自分の胸に押さえつけた。



「悪いけど見せてやれない。こんな顔」

「……見たい」

「駄目」

「お願い」

「可愛く言っても無理」

「ケチ」

「ケチで結構」



テンポ良く返ってくる皐月の拗ねた声に胸が擽ったくなって、「ふふ」と思わず笑みが漏れた。



「はぁ……マジ自分が信じらんねぇ……天使、とか何言っちゃってんだ俺」



ため息を吐きながらぶつぶつ言うと、皐月は再び私の後頭部に顎をコツンと乗せた。



「俺の中で彩は小2で止まってた。高校生になったって俺からしたらまだガキ。そう思ってたのに……想像以上にお前が可愛くなってるから焦った。誰にも渡したくねぇって思ったんだよ」



普段は大人で一人で何でも出来るかっこいい皐月が、こうやってたまに子供みたいになる。

弱い部分も可愛い部分も、私には曝け出してくれる。


けど……
ふと、脳裏に佳奈恵さんと皐月のツーショットが蘇ってきて胸がズキっと痛んだ。


佳奈恵さんにも見せてるのかな……


嫌だ。

私だけが知ってたい。
他の人に知られたくない。

特に佳奈恵さんには……
皐月のかっこいい所はもちろん、可愛い所も情けない所も全部、見せたくない。






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