落ちてきた天使
皐月が座り直すと、私も真似するように居住まいを正す。


一息ついて、これから聞く話がどんな内容でも冷静に、と覚悟を決めて次の言葉を待った。



「三橋がうちの会社に転職してきたのは彩と暮らし始めて一週間が経った時だった」



佳奈恵さんの名前が皐月の口から出てきて、反射的にゴクリと喉を上下させた。

激しくなる動悸、極度の緊張で吐き気すらする。


どんな話なのか想像がつかない分、凄く怖い。

だけど、聞かなきゃいけない。
これからも皐月と一緒にいたいから、私もちゃんと向き合わないといけない。


大丈夫、皐月を信じる。

そう頭の中で何度も唱えながら、皐月の話に耳を傾けた。



「あの時はまだ彩を一人にさせるのが心配だった。だから、なるべく一緒にいたくて仕事を定時に切り上げてたんだ」

「毎日夕飯作ってくれるから仕事大丈夫なのかなって思ってたんだよ」

「仕方ないだろ?俺の中では仕事よりも彩の方が大事なんだ」



皐月は私の顔を見て優しく微笑む。
だけど、すぐに視線を前に戻して続けた。



「それから割とすぐに専務から呼び出された。専務が俺を呼び出すなんて、それまでの俺からしたら青天の霹靂。上司に聞いても何で呼ばれたのかわからないし。意味がわからず役員室に行ったんだ」



皐月の横顔に影が掛かった。

風がサーッと吹き、雲が月を隠す。
まるで皐月の心を表してるようで、思わず足に置いた皐月の手を握った。



「ドアを開けると専務の他にもう一人、見知らぬ女がいた。なんで呼び出されたのかわからなかった俺は、役員室の異様な空気に圧倒された」

「異様って…?」

「気難しいと評判の専務が二十も三十も下の女に媚びへつらってんたんだぜ?一瞬、言葉を失ったよ」

「それが佳奈恵さん……だったんだ」



ふっ、と空笑いをした皐月に問うと、皐月は静かに頷いた。

そして、言い辛そうに言葉を淀ばせながら再び口を開いた。



< 195 / 286 >

この作品をシェア

pagetop