落ちてきた天使
「勘違いすんな。三橋に駄目なところがあるから三橋を選ばなかったわけじゃない。俺がこいつ以外無理だから。彩じゃないと俺が駄目だから。ただそれだけだ」

「そんな……」

「わかったら帰れ。もう二度とここには来んな。はっきり言って迷惑だ」



皐月は血も涙もない言葉を何の躊躇いもなく言い捨てると、佳奈恵さんに背を向けた。

何も言わず、佳奈恵さんがバタバタと部屋を出て行く。

私はそれを遠くに聞きながら、体の向きを変えた途端に見えた皐月の横顔があまりにも辛そうで、思わず息を飲んだ。


私はどんなに浅はかだったんだろう。

こんなに皐月と一緒にいるのに、皐月の深い優しさをわかり切れてなかったんだ。



「皐月……」



私の声に、ハッと我に返る皐月。




「悪い。変なとこ見せちまったな」

「ううん……その、大丈夫?」



平常心を装ってるけど、まだ泣きそうなぐらい目が赤くて心配になる。



「大丈夫って……引っ叩かれたのは彩だろう。ごめんな、俺のせいで」

「こんなの、皐月が火事の中に飛び込んで行った時に比べたら全然平気だよ」



へへ、と軽く笑って見せると、皐月は「ああ、だな」とふっと微笑んだ。

皐月に少しでも笑って欲しくて言ったことだけど、本当のこと。

こんな頬の痛み、あの時の胸の痛みに比べたら蚊に刺されたようなもんだ。


それより、皐月の心の傷の方が心配。


皐月は絶対に傷付いてる。

最初は酷い冷たいって思ったけど、皐月の振り返った横顔からは冷酷さなんて一ミリも感じなかった。

あんな風に突き放す言い方をしたのは、全部佳奈恵さんのため。

長く引きずらないように、酷い言い方をしてわざと嫌われようとした皐月。

それは皐月なりの深い優しさで、佳奈恵さんを思っての言葉だった。


そして、皐月は酷い言い方をしたことで胸を痛める、そんな人。

だから心配なんだ。
いつか、爆発するんじゃないかって。





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