落ちてきた天使
すぐに洋平から離れて振り返ると、昨日家を出て行った時と同じネクタイを締めた皐月が、私達を驚いた表情で見据えていた。



『皐月』

『お前ら、何やって……』

『ち、違う!これは、』



私が誤解を解こうとすると、それを止めるように洋平が私の前にスッと立った。



『皐月兄ちゃん、昨日はどこに行ってたの?連絡もしないで家空けて、彩が心配するって思わなかった?』

『洋平!』

『彩は黙ってろ』



洋平のいつにも増して低い声に、ビクッと肩を揺らした。皐月は眉を顰めながら気まずそうに視線を逸らした。



『何か隠し事でもあんの?』

『……』

『どうなんだよ!』



何も答えない皐月に痺れを切らし、洋平は声を上げた。



『もう止めて!もういいから!』

『彩』

『洋平はもう帰って。明日ちゃんと連絡するから!お願い』



洋平は私を見つめてくる。
これが皐月と話をする最後のチャンスなんだぞ、と言わんばかりに。


でも、何も言わずに辛そうな顔をする皐月をもう見たくない。



『わかった。帰る。明日、絶対連絡しろよな』



帰り際、ぽんぽんっと私の頭を撫でる洋平。


最後の最後まで心配を掛けてしまった。

洋平は、私のために皐月を問いただしてくれた。
皐月の口から聞くチャンスをくれたんだ。


でも、私は臆病だから、やっぱり皐月から真実を聞くのが怖い。


ごめんね、洋平。
ありがとう、洋平。

私は、小さくなる洋平の背中を、複雑な気持ちで見つめ続けた。




ザッと、側で足音が聞こえる。
顔だけ向けると、皐月が泣きそうな顔で私の手を取った。



『帰ろう』



苦しくて辛い、そんな声。



『うん』



皐月の気持ちが痛いほど伝わってくる。

だけど、帰ろうって言われて嬉しく思ってしまう私。



エレベーターに乗り、部屋の前で足を止める。
鍵を開け、皐月が先に私を中に入れてくれた。



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