落ちてきた天使
バレンタインの夜。
街はカップルで賑わい幸せオーラに包まれる中、私と皐月の間には微妙な距離があった。

触れたいのに、恥ずかしい。
触れたいけど、その前に話さなきゃいけないことがある。



「寒くないか?」

「ん、大丈夫」



天下一で大学受験合格のパーティーをするつもりが、皐月と施設長、そして何故か中垣さんも合流して私のおかえりなさいパーティーに変わった。


今日はそのまま天下一に泊まらせてもらう予定だったけど、女将さんに『あなたの帰る場所はここじゃないでしょう』と追い出された。

店先に立つ女将さんとおやっさん、そして施設長。

笑って手を振ってくれた三人に深々と頭を下げた。これまで沢山心配掛けた謝罪と感謝の気持ちを込めて。




「なぁ、この一年5ヶ月間のお前のこと教えて」



皐月が私を切なげな瞳で見つめながら言った。

私は夜空に浮かぶ月を、遠い目でぼんやり見ながら長いような短いような一年5ヶ月を思い返した。



懐かしいとか楽しいとか、そんな思い出なんてない。空虚な日々だった。



「一年5ヶ月前、始発の電車に乗ったの。どこまで行くかとか何も決めてなくて、二時間ちょっとの所で電車を降りた。たまたま見つけた不動産屋でたまたま貼り出されてた物件情報を見て、その日に部屋を決めて。それからは毎日勉強してた」

「天下一の二人が色々協力してくれたのか?」

「うん。アパートの契約の時も来てくれたし、色んなことしてもらった。お米とか野菜とか送ってくれたり」



女将さんが最初のうちはアパートに泊まりに来て、掃除したりおかずを作り置きしてってくれたりした。

それが大学受験に近付く度に回数は減ったけど、何かとお世話になった。




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