落ちてきた天使
「高校は辞めたんだろ?」

「高校辞めて高卒認定試験を受けたの。去年の11月の試験はギリギリ出願期間が過ぎてて受験出来なくて、今年の8月合格した。それで大学受験して今日合格発表があったの。同い年の子達とは一年遅くなっちゃったけど」

「そっか。よく一人で頑張ったな」



白い息を吐きながら、皐月は微笑んだ。

きゅんっと胸が震える。
悲しいわけでも寂しいわけでもないのに、何故だか無性に泣きそうになって、咄嗟に視線を前に戻した。



「ふとした時に思い出してた。皐月のこと、施設長のこと、この街のこと。だから毎日毎日、思い出す時間がないぐらい勉強した。外に出たら無意識に電車に乗っちゃいそうだったから、必要最低限しか外出しないようにしてたし。時間が経てば忘れる、そう思ってた……けど」



夜空を見上げる。
澄んだ空気、雲がない空に光る小さな星達。

小さい頃、この中にパパやママ、弟がいるのかなって思ってよく空を見上げていたっけ。


今の私を見たら、パパやママ、お父さんやお母さんはどう思うだろう。

もっと強くなりなさいって怒るかな。
それとも、よく頑張ってるよって頭を撫でてくれるかな。



口を噤んだ私に、皐月が不安そうな声で「彩?」と名前を呼んだ。

私は、もう大丈夫だよ、と言葉ではなく微笑んで返した。



「けど、無理だった。忘れられなかった。皆に会いたくて会いたくて仕方がなかった。皐月のところに帰りたくて何度も何度も泣いた」



毎日枕を濡らした。
毎日皐月の名前を呼んだ。

自分から逃げて来たくせに、後悔ばかりした。



「日が経つごとに皐月を好きって気持ちが強くなった」

「っっ、」

「この一年5ヶ月、思い出なんて何もない。真っ暗闇の日々だった。これからも、こういう生活が続くんだろうなって思ってた」



言い終えた途端、皐月が私の手を取った。
ぎゅうっと強く握って立ち止まり、私を見据える。




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