落ちてきた天使
「手、冷たいな」



そう泣きそうに微笑む皐月。

手を繋いだまま、自分のコートのポケットに私の手ごと入れると、悲壮感漂う表情を浮かべた。



「俺の話、聞いてくれるか?」



皐月の低いトーンの声に、ドクンと心臓が激しくなった。


皐月の話。
それはきっと、全てが楽しくて嬉しい話じゃない。悲しくて辛い、聞きたくないことの方が多いと思う。


緊張で唾が出る。
それを大袈裟に喉を上下させて飲み込むと、覚悟を決めてコクリと頷いた。



「あの日、朝起きて彩がいないことに胸騒ぎがした。布団はもう冷たくなってるし、リビングの方からも物音一つしない。すぐに寝室を出たら机の上に置き手紙と鍵が目に入った。彩の部屋にあったはずの荷物が無くなってるのにも気付いて……目の前が真っ白になった」


皐月はそこで一旦言葉を止めると、「寄り道しようか」とすぐ近くにあった公園を指差した。

私がこの街に久しぶりに戻ってきた時、入居予定だったアパートが床抜けして行く場所がなくなった私に、皐月が『俺の家、来るか?』と聞いてくれたあの公園だ。

ある意味、私と皐月の始まりの場所とも言える公園のブランコに私達はそれぞれ腰をかけた。



「携帯は繋がらない、公民館にもいない、高校は無断欠席、バイト先にも高台の芝生公園にも。どんなに探し回ってもどこにもいなかった。もしかしたら、昨晩洋平といたし、あいつが何か知ってるんじゃないかって思ったけど、あいつも何も知らないの一点張りだった」



あの日、私は携帯の電源を切ってた。
新しいアパートの内見が終わった後に解約して、皐月の番号も施設長の番号も全部消した。

今の私の携帯には、天下一と洋平、今働いてるバイト先の番号しか入ってない。



「天下一に行ったら“彩ちゃんはバイトを辞めた。辞めた理由はわからない”って言われて、高校に再度連絡したら、昼頃に退学の連絡が本人からあったって聞いた。その時、彩は本気で街を出たんだって思った」






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