落ちてきた天使
「そんなこと気にしなくていいんですよ。養護施設の施設長さんから彩ちゃんのことは聞いてました」

「施設長から?」

「はい。幹二さんの奥様がお亡くなりになられてから、年に何回か面会に来てくれてるんですよ」



知らなかった。
施設長がまさかそこまでしてくれているだなんて。



「その時にいつも彩ちゃんの写真を持ってきてくれるんです」



鈴井さんは「確かここに……」と、タンスを開ける。そして、「あったわ」と一冊のアルバムを出した。



「これ、幹二さんの宝物なの」



アルバムを受け取る。
ボロボロになった表紙に書かれた【彩】の文字。

震える手で書いたんだと思う。
歪な線だけど、ちゃんとおじいちゃんの字だった。


一ページ、また一ページとアルバムを開く。


小学校入学、授業参観、運動会、バザー、施設で遊ぶ様子。

自分でさえ忘れてるような色んな私がそのアルバムの中にはいて、おじいちゃんがそれを宝物だと大事にしまってくれてる。

私はずっとおじいちゃんに会いに来れなかったのに……



「幹二さん、まだそこまで認知症が進行してない時は、彩ちゃんの話ばかりしてたんですよ。あの子を一人にしてしまった、あの子には誰よりも幸せになってほしいって」



鈴井さんは感慨深そうに窓の外に目を向けて続けた。



「最近はほとんどの事を忘れてしまっていたけど……幹二さんの中には彩ちゃんはずっといたんですね」

「っ、…」



アルバムの写真の中で寂しそうに映る私に、大きな滴が落ちた。

一粒、二粒と、幼い私を隠していく。


もっと……
もっと早くおじいちゃんに会いにくれば良かった。

もっと早く勇気を出していれば。
行動に移してれば。


“たられば”ばかり思っても仕方がないのに、思わずにはいられない。



「幹二さんのあんな顔、久しぶりに見ました。また会いに来て下さいね」



そう言って、鈴井さんはニコッと笑う。
私は涙を手の甲でぐいぐい拭うと、「はい!」と元気よく返した。



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