落ちてきた天使
「こっち見ろよ」



ドクンッと、これまでにないぐらい大きく心臓が跳ねた。


低く、私の体の中枢まで響くような声。
力を入れてもビクともしない腕。



「は、離して…っ」



必死に声を絞り出しても、松永皐月は離すどころかふっと笑って距離を詰めてきた。



「嫌だね」



そう言って、更に私の手を掴む力を強める。


拳一つ分。
吐息が掛かりそうなほど近いその距離に息が出来ない。



「っっ……逃げないから…お願い」

「無理」

「どうして…別に私が逃げたって貴方には関係ないことでしょ?」



ずっと不思議だった。


何で私をここに連れてきたのか。


過去に会ったことがあるらしいけど、ほぼ初対面と言っていいと思う。


そんな私がこの先路頭に迷おうと、この人には何の迷惑も掛けないはずだし私を助けた所で何のメリットもない。


なのに何で?どうして必要以上に関わろうとするの?



緊張で身体も声も震える。


この美し過ぎる獣にこんな至近距離で見つめられて普通でいられるわけがない。


今、私はギリギリの所で踏み止まってる。


少しでも気を抜いたら最後。
今まで作り上げてきた自分が崩れ落ちて、立てなくなってしまうだろう。



「教えてやろうか。俺がお前に関わる理由」



そう言って、松永皐月はニヤッと口角を上げた。



ほんの一瞬だった。


瞬きをしてる間に、爽やかな香りの風が私の前髪を揺らして。


唇に柔らかなモノが触れたーーー。





< 32 / 286 >

この作品をシェア

pagetop