落ちてきた天使
有無は言わせないと言わんばかりの低い声と掴まれた腕の痛みに、怯んで言葉を飲み込む。

そんな私を見て、松永皐月はニヤリと口の端を上げた。



「どうせ施設長のとこにでも行こうとしてたんだろうけど無理だから」

「無理?」

「うちで暫く預かるって連絡しといた」

「なんで、勝手にっ…」

「そうでもしないとお前、逃げるだろ?」



鋭い眼光が私を射抜いた。

この瞳、本当に苦手だ。

電流が走って、反論する事も逃げる事も、息をする事だって出来なくなる。



「出掛けるぞ」

「ど、何処に?」

「さぁな」



さぁなって……ちょっと強引過ぎない?

そう思うのに、何も言えない私。

それどころか、ソファから立ち上がって首をコキッコキッと鳴らし腕を上げて背筋を伸ばす松永皐月を見て、複雑な気持ちになった。


恐らく180センチはある体躯。

三人掛けのソファで寝るには窮屈すぎる。

そりゃ身体も凝るに決まってるし、ゆっくり眠れるわけもない。

こうなったのも私をベッドに寝かせてくれたからだ。


松永皐月はこれまで出会った中でも一番ムカつく奴だと思う。

でも、優しい所もあるのも事実だ。


離れなきゃと思うのに反論出来ない自分に戸惑いながら、その広い背中をぼんやりと見つめていると、松永皐月は突然くるっと振り返った。



「皐月」

「へ?」

「今から名前で呼べよ、彩」



男はそう言い捨ててリビングを出て行く。


ドアがゆっくり閉まると、再び訪れる静寂。



「な、何なのよ……」



熱くなった両耳をぎゅっと指で覆うように握る。


頭の中で何度も繰り返される。
あいつ……皐月の甘い声。


そして、昨夜のキスと私を愛おしそうに見つめる瞳。


わざとだ……
彩って、名前の部分だけ極上に甘い声で言うなんて。


絶対にわざとだ。







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