落ちてきた天使
ドクン、と心臓が音を立てる。


自然と歩くスピードが速くなって、いつしか駆け足になっていた。


緊張で喉もカラカラだ。


何度も足がもつれそうになったけど、それでも気ばかりが急く。



本当は昔住んでた家なんて見たくないと思ってた。


芝生公園の木の上から遠目に見るならまだいい。


だけど、いざ目の前にしたら幸せだった頃の思い出に押し潰されてしまうんじゃないかって怖くなった。



なのに、私は今家が近付くにつれて早足になってる。


怖いとか寂しいとか、そんなネガティブな感情じゃなくて。


高揚してる。
鼓動もヒートアップして、早く見たいっていう気持ちの方が今は強い。



もう少しだ。
正門を通り越して最初の曲がり角を右に曲がれば見えるはず。


三軒目の白い壁の家……



「あった……」



建築士だったパパが設計した我が家だ。
一面芝生の庭にパパ手作りの木のブランコと家庭菜園用の花壇。


戻って来たんだ……
大好きな家族との思い出の場所に……


まだ幼かった私。
鮮明には覚えてない。


でも、幸せも温もりも、心が覚えてる。


じわりと溢れた涙が頬を滑り落ちた。


今や全く知らない人達が暮らす家。


ただいまって言っても、おかえりって言ってくれるパパとママはいない。


喧嘩して仲直りしたくても、弟はもう何処にもいない。


だけど、この町にいれば家族と一緒に生きていける気がする……



「おかえり」



私の心の中を覗いてたんじゃないかと思うぐらいのタイミングで聞こえた言葉に咄嗟に振り返る。


皐月は私の後ろで優しく微笑みながら、もう一度口を開いた。



「おかえり、彩」

「…どう、して?」

「さぁな。何となく、そう聞こえた気がしたから」



そう言って、皐月は空を仰ぐ。


そこには真っ青な澄んだ空が無限に広がっていて、ママとパパと弟が笑ってるような気がした。



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