落ちてきた天使
車は再び走り始めた。


片手でハンドルを軽く握る皐月の横顔をちらっと盗み見る。



さっきは少し驚いたな。


『おかえり』って言われた時、あり得ないことなんだけど、皐月の声がパパの声に聞こえた。


そんなの錯覚だってことわかってるし、皐月がああやって言ったのは私を元気付けるためだってことぐらい百も承知だ。


それでも、その心遣いが嬉しかった。



家を見ても悲しくならなかったのは、皐月が一緒にいてくれたからかもしれない。


私にとって、誰かの存在、その温もりは絶大なもので。


今日一緒にいたのが皐月で良かったとさえ思う。



不思議な人だ、皐月って。


意地悪だしムカつく奴なんだけど、その数々の言葉の裏側にとびっきりの優しさが溢れてる。


ムカついてたのに、その優しさに気付く度に人として好きになってる自分がいるんだ。



「ずっと見られるのは流石の俺でもハズいんだけど」



赤信号で止まると、皐月はニヤッと笑みを浮かべた。



「何?見惚れちゃった?」

「な…っ‼︎そんなわけないじゃんっ!」



カッと頬が熱くなる。
こんな顔で否定したって説得力なんてありゃしない。



皐月はふっと笑うと、運転席から私の方へ身を乗り出してきた。



「照れなくてもいいって。何ならキスしてやろうか?」



息遣いが感じられるほど近い距離で、皐月は私の目を瞬きもせずに見つめながら極上に甘い声で囁いた。



「昨日のお前、すげー可愛かった」



薄過ぎず厚過ぎず、柔らかなその唇につい目が行ってしまう。


嫌でも思い出す。
昨日の身体の芯まで蕩けるような大人のキスを……


心臓が爆発してしまいそうだ。



「タイムオーバー」



唇をギュッと閉じて身構えてると、皐月がふっと笑って運転席に座り直した。



「慌てなくても時間はたっぷりある。帰ったらゆっくり楽しませてやるから」



そう言って、皐月は車を走らせながら私の頭に手を置いた。


「……っ、お断りしますっ‼︎」と、私の叫び声が車の中に響いたのは言うまでもない。



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