落ちてきた天使
「この鍵…」



鍵を手に持って、珍しい物を見るかのようにまじまじと見つめる。



忘れて出掛けた…わけじゃないよね。
もしかして私に?


一緒に置いてあったメモに目を通すと、達筆な字が書かれていた。



【夕飯の買い物に行ってくる。鍵、無くすなよ】



やっぱり、私に大切な鍵をくれるんだ。


メモの内容までぶっきら棒って…
本当に照れ屋なんだな皐月は。



私は皐月が残したメモに【少し散歩してきます】と付け加えると、合鍵をスマホの手帳型ケースのポケットに大事に入れて家を出た。



ここから芝生公園までは案外近い。


西の空はやや茜色に染まり始めている。


夕日が地平線にかかる前に木に登っておきたくて、公園までの道のりを走った。





「綺麗……」



いつもの定位置まで木を登ると、幻想的な夕焼け空に溜め息を漏らした。


今日の夕空は、情熱的だ。


雲は濃い紅色に染まり、その合間から覗く空は瑠璃色から赤紫色に姿を変えた。




正直迷ってる。
このまま皐月のお世話になっていいのか。


皐月の家にいるのは、あくまで次のアパートが見つかるまで。


だけど、まだたった二日しか一緒にいないのに、皐月の良いところをたくさん知ってしまった。


好きとか、そういうのじゃなくて。
皐月という人間をもっともっと知りたいって思ってしまったんだ。



でも、私のこれまでの経験が私を引き止める。


これ以上、深入りしない方がいい。


二度と大切なものは作らないって決めたんだ。


不幸を繰り返す前に引き返せ。


今ならまだ間に合う、と。




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