落ちてきた天使
皐月は何も喋らない。


私もそれを有り難く思う。
今は騒ぐ胸や熱い頬を冷ます方が先だから。



涼しげな風が肌を撫で髪を揺らす。
耳に届くのは自然の声だけ。


まるで私達だけ別世界にいるようだ。


穏やかで、平和な心休まる時間が流れていた。



お互い無言だけど全く気にならない。


隣りにその存在があるだけでホッとする。


まだ会ったばかりで、皐月の事なんて全く知らないに等しいのに。


皐月の温もりに安心する自分がいた。



時間にしたらほんの数分。
その間に私の胸も体温も落ち着きを取り戻した。



「俺もよくここに来てたんだ」



先に口を開いた皐月は、空から視線を逸らさずに話し始めた。



「あの施設に入った日、散歩してたらこの木に登ってる女の子を見掛けた。泣きそうな顔しながら猿みたいに登ってって、夕日を見た途端とうとう大泣きして。パパァ…ママァ…って暫く声上げて泣いてた。それを木に寄りかかりながらずっと聞いてたんだ」



皐月の声はいつになく真剣だ。
遠い目をしながら言葉を紡いでいく。



「何分泣いてたかわかんねぇ。突然ピタッと泣き止んだから気になって見たら、今度は景色見ながら微笑んでた。あんな大泣きしてたのに、泣き止むほど何がそんなに面白いのか興味が湧いて、その子が帰ってった後登ってみたんだ。そしたら、あの子が微笑んだ理由がわかった気がした」





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