落ちてきた天使
「休みの間にそんなことが……大変でしたね」



校長先生は沈痛な面持ちを浮かべると、私を見据えた。



「力になれずすまなかったね…」

「いえ!そんな…私は大丈夫ですから」



校長先生は火事のことも知っている。


転入手続きの時、施設長に同行してもらったからそれなりに過去の事も聞いてるだろうし。


それに加え、今回の床抜け事故。


私の全てを知ってる人は必ずと言っていいほど、今の校長先生のような顔をする。


可哀想な子だなっていう、同情の目だ。



ほんの少し気まずい空気が漂う中、皐月が口を開いた。



「中途半端な時期での思い掛けない転校です。本人も少し不安に感じてると思います」

「その辺は担任を中心に私どももしっかりとフォローしていきますのでご安心ください」

「ありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します」



皐月は再び深く頭を下げた。



綺麗な一礼だった。


背筋がピンッと伸びていて、その横顔は凛々しくて。


嬉しくて嬉しくて、胸がトクンと鳴った。


親でもない、親戚でもない。


後見人でも何でもない皐月が私の為にここまでしてくれる。



それがどうしようもなく嬉しかったんだ……




最後に担任の先生を紹介されて校長室を後にする。


その間際、校長先生は「制服良かったですね。とても似合ってますよ」と優しい笑顔で言ってくれた。




職員玄関まで皐月を見送る。


革靴を履く後ろ姿にもドキドキするのは、気のせいだと自分に言い聞かせた。



「じゃあ、頑張れよ」



そう言って、ポンッと頭に手を乗せる皐月を見つめる。


今考えると、今日は平日。
仕事があったはずだ。


今日は私のために時間を調整してくれたんだと思う。


そのことを私には一切言わないし、仮に気付いて聞いても、多分皐月はお前は気にすんなって言うんだろうけど。


でも、せめて顔を見てありがとうってお礼を言いたい。


なのに、心臓が爆発寸前で言葉が出て来てくれない。



皐月は担任に頭を下げると、職員玄関を出て行く。


私は車が見えなくなるまで、その場から動けなかった。





< 64 / 286 >

この作品をシェア

pagetop