落ちてきた天使
「光栄?」

「俺は彩が望むなら父親にだって母親にだって兄貴にだってなる」



「はい」と、冷たいお茶が入ったコップを私に渡すと、皐月はキッチンの片付けを始めながら続ける。



「時には父親が必要な時もあるし、母親じゃなきゃ駄目な時もある。そういう時は俺がその代わりになるから、お前はちっとも寂しがることも不安になることもないってことだ」

「皐月…」



受け取ったコップを両手でギュッと握る。


皐月の気持ちが嬉しかった。
皐月は皐月だ。本当の母親や父親にはなれない。


だけど、私のためにその代わりになるって言ってくれた事が、今は何よりも嬉しい。



結婚しようって言われた時。


『俺の前では無理してほしくない。普通の高校生が感じる普通の幸せを彩にも感じてほしいんだ』


皐月はそう言った。


その言葉にはこういう意味も含まれていたんだと、今になって気付くなんて……



「…聞かないの?さっきのこと」



突然パニックを起こして、多分気になってるはずだ。


私だって正直驚いてる。


まさかコンロの火を見ただけで、あんな風にフラッシュバックするなんて……



だけど皐月は、何の事だ?、と言わんばかりに私に優しく笑いかけると「今日はピザでも取るか」と引き出しから広告を取ってメニューを見始めた。



私が自分から話すまで待ってくれるってことだと思う。


その優しさと笑顔に胸が温かくなった。




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