その愛の終わりに
昼過ぎ、美都子は義直に呼ばれ、書斎に赴いた。
たくさんの本が積み上げられたマホガニーの机を見た瞬間、昨日の自分の痴態を思い出しそうになる。
意識して自分を呼び出した義直の目を見るが、彼は悪戯っぽく微笑んでいた。
彼はおそらく、美都子が何を考えているのか、想像がついているのだろう。
「昨日の夕べ、山川が来たんだ。君にこれを届けに来たらしい」
差し出されたのは、2冊の本だった。
スタンダールの『赤と黒』、そしてトルストイの『アンナ・カレーニナ』である。
タイトルこそ聞いたことはあるものの、読んだことはまだなかったそれらに、美都子は興奮を隠せなかった。
「早く読みたいわ」
頬を紅潮させ目を輝かせる美都子に柔らかく微笑みながら、義直は内心舌打ちしていた。
本の内容が内容だっただけに、何となく居心地が悪い。
「美都子、少し早いけどこれを……」
唐突に、義直が恭しく何かを差し出す。
頭に疑問符を浮かべながらも、美都子が受け取ったのは、ガラスと真鍮で作られたジュエリーボックスだった。
蓋には無数の小さなダイヤモンドが散りばめられており、
開けてみれば、深紅の布の上に、優美な貴婦人の姿を象ったカメオのブローチが鎮座している。
そしてその貴婦人の顔立ちはまるで……。
「なんだか、私に似ているわね」
左の目元のホクロと、厚みのない唇は、自分の特徴と合致する。
ブローチの精巧な作りにため息を漏らしている美都子に、義直が事も無げに言った。
「君に似せて作ったのだから当然だろう?」
その言葉に、美都子は目を見開き、硬直した。
いつの間にこんな凝ったものを注文していたのか、いやそれよりも……。
あの日、銀座の真珠専門店で買ったものは、誰に贈るものだったのか。
少なくとも、自分ではない。それだけは確かだ。
「気に入らなかったか?」
気遣わしげな声が頭上から降ってくる。
咄嗟に笑顔を作り、美都子は小さくかぶりを振った。
「いいえ、嬉しさのあまり言葉が出なくて……。ありがとうございます」
他の女への贈り物かもしれない。
そう考えた理由はいくつか挙げられる。
まず最初に、義直には姉も妹も、贈り物をするほど仲の良い従姉妹もいない。
義母へ贈るものだとしたら、宝石類には興味のない義母の趣味を尊重し、宝飾品は選ばないだろう。
やはり、外に女がいるとしか思えない。
「大事に使いますね」
ざわめく胸中を悟られぬよう、美都子は目を伏せた。