その愛の終わりに
夫が浮気しているかもしれない。
その予測は、美都子にそれなりのダメージを与えた。
その日一日、美都子は何度も考えた。
そもそも、真珠専門店から出てきたのは義直ではなく、別の人だったのかもしれない。
買ったはいいが、何か不備があって美都子に渡せなかったのかもしれない。
思い付く限りの可能性を考えてはみたが、かえって余計なことを思い出す始末である。
義直が紳士たちの集まりに出かけるといって朝帰りをする時、ごく稀にだが、まったくの無臭で帰宅することがあった。
一日中男友達とつるんでいたなら、当然衣服には煙草と酒の匂いが染み付いている。
しかし義直は時折、朝になったら酔いが醒めて、衣服についた匂いのきつさに辟易したのだ、とコートからシャツまですべてを処分する。
今まで、美都子はそのことになんの疑問も抱かなかった。
義直は多少潔癖な面があるため、そこまで不自然には思わなかったのだ。
だが、もしこれが、染み付いていたのが煙草の匂いではなく、香水やお香の匂いだったら?
思考が停止しかけるが、美都子は意図的に深く息を吸い、吐いた。
「だから、なんだというの?」
夫の浮気などよくある話しではないか。
昨今流行り始めた恋愛結婚というものでもなく、互いに都合が良いから結婚したというだけの関係で嫉妬するほうがどうかしている。
それに、今のところ東雲家の財政が逼迫している様子はない。
義直が外の女に気まぐれに金を落とした程度では、家計は揺らがないのだ。
ならば、何を不満に思うというのか。
まさか、義直が自分に操を立てているとでも思ったのだろうか?
ーーーー少しはそう思っていた。
自分の中にあった思いに気づき、美都子はひっそりと息をのんだ。
なんと楽観的なのだろう。
愛してもいない男に愛を求めるなど、一体自分は何様のつもりだったのか。
動揺のあまり、呼吸が浅くなる。
額にじっとりと滲む汗を拭うこともせず、美都子はその場に立ち尽くした。
たった今気づいてしまった自分の思いは、どこへやればいいのだろう。