その愛の終わりに


浮気調査をしていることは、決して義直には知られてはならない。

そのため、美都子は屋敷の使用人達には一切を秘密にし、一人で調べるつもりでいた。

車を走らせること数十分、景色は赤坂区に突入していた。

賑わいのある住宅街の一角に、山川の診療所はある。

車を降りて、運転手に一時間ほど待機するように伝え、美都子は診療所の前に立った。

この戸を叩けば、もう後戻りは出来ない。

そう迷ったのはたった一瞬だった。気がついたら、美都子は診療所の戸口を叩いていた。


「ご予約はしておりますか?」


久しぶりに聞いた山川の声は、記憶にあるよりも美しいものだった。

涼しげな瞳が、驚きのあまり丸くなるのを見て、美都子は微笑んだ。


「予約はしておりませんわ。お待ちしてもよろしいでしょうか?」

「いえ、その必要はありません。ついさっき、最後の患者が帰ったところです。どうぞお上がりください」


淡々話す山川の顔を盗み見るも、まったく感情が読み取れない。

こじんまりとした待合室の奥には診察室、その奥に処置室がある。

その処置室は応接室も兼ねているのか、小さなテーブルと二つの椅子が置いてあった。


「今、お茶をいれますので」

「いえ、お構い無く。本日は相談があり、こちらに参りました」


美都子の硬い声になにかを感じ取ったのか、山川は給湯室へ向かうことなく、対面に座った。


「ご相談とはなんでしょう」


そう問いかけつつも、山川はあたりをつけていた。

特に親しいわけでもない夫の妻君が訪ねてくるのだ。理由は火を見るより明らかである。


「夫のことです。少々伺いたいことがございます」


やはりそうか。口には出さないものの、山川は嫌な予感を覚えた。


「山川さんが我が家にいらした翌日、私は銀座へ出かけました。主人との待ち合わせは17時。16時40分にソーダファウンテンを出た私は、義直が真珠専門店から出たのを目撃しました」


そこまでの流れには、特に不審な点はない。山川は続きを促した。


「私への贈り物かと思っておりましたが、違ったのです。二週間後の誕生日、私に贈られたのはガラスと真鍮のジュエリーボックスとカメオのブローチでした」

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