その愛の終わりに
襖を開けると、ふくよかな茶の匂いが鼻孔をくすぐる。
慣れた手つきで、山川が二人分の茶を淹れていた。
「そろそろ戻る頃かと思いまして。冷めないうちにどうぞ」
淡く微笑み、湯呑みを押しやる山川に一瞬硬直した美都子だが、慌ててわたわたと礼を言った。
「そういったことは私がしなければいけないのに……!あの……ありがたく頂戴いたします」
一口すすり、すっきりした苦味に心を落ち着かせる。
「殿方が手ずから淹れたお茶を頂くのは初めてです」
「私も、客人以外に茶を淹れたのは初めてだ」
間髪いれずに返されたその言葉には、どこか甘さも含まれていた。
どう反応していいかわからないでいると、山川からあまり硬くなるなと声がかかる。
「その……さっきまでと、雰囲気が違いますので」
探るような眼差しの美都子の視線を受け止め、山川の形の良い唇が動いた。
「いつからかはわからないが、あなたをお慕いしております。本当は、この気持ちを殺そうと思っていた。だが、こうなったら遠慮などするものか」
刹那、美都子の頭の中で警鐘が鳴り響く。
追い詰められた獣のように、すべての神経という神経が研ぎ澄まされる。
これ以上近づいてはいけない。
わかっているのだ。わかっているにも関わらず、美都子は拒絶の言葉を吐けないでいた。
「山川さん……」
「雄二郎と呼びなさい。美都子さん、あなたも私のことは憎からず思ってくれている……そうだろう?」
同意を求めるというより、すがるようなその眼差しに、美都子は小さく頷いてしまった。
確かに、初めて出会った時から、どこか惹かれるものがあった。
繊細で美しい顔立ち、柔らかな物腰、知的な会話、何より、誠実そうな言葉。
もし、義直が自分一人を大事にしてくれたなら、どれだけ山川が魅力的であろうと、冷静さを保っていられたであろう。
心の中に芽生えた感情には、山川への淡い憧れというラベルを貼って、そのまま奥深くへ仕舞いこめたはずだ。
そして変わらずに義直の側で、平穏な人生を送っていた。
「美都子さん……泣かないで」
そう言われてようやく、美都子は己の両目から涙が伝っているのに気がついた。
なぜ泣いているのかはわからなかった。
しかし、胸を刺すような鈍い痛みが増しただけで、涙はまったく止まらなかった。