その愛の終わりに
一気に不安が襲ってきた美都子は、山川の背中に手を回しその首筋に顔を埋めた。
白檀と肌の匂いが混ざった山川の匂いに心を落ち着かせ、人肌独特の温もりにすがりつく。
すると、大きな手が美都子の頭をすっぽりと覆った。
幼い子供をあやすように、ゆっくりと規則的なリズムで、山川の手が何度も頭を撫でる。
その気持ちよさに身をまかせていると、手は頭から左の頬に移った。
濃い影が頭上に落ちてきて、唇に溶けるような柔らかさが馴染む。
触れるだけの淡い口づけを交わしていたのはほんの数秒なのに、美都子はそれよりはるかに長く感じた。
離れてはまた触れるだけの口づけを幾度も交わしているうちに、あることに気づく。
いつまで経っても、山川の手は美都子の背中と肩から離れないのだ。
まったく触れる気配が無いことを怪訝に思い、美都子は一瞬のためらいの後、自ら帯に手をかけた。
「待って」
山川の鋭い制止の声と共に、ほどけそうになった帯はあっという間に戻される。
戸惑いを隠せない美都子の両手を包み込み、真摯な面持ちで山川は言った。
「あなたと義直の関係に決着がつくまで、こういうことは出来ない」
流されるままに浴衣を脱ごうとした自分を恥じ、美都子は顔を赤らめ、深くうつむいた。
自分の浅慮さを恥じる気持ちと、深く想われていた喜びが混ざりあい、その気持ちが美都子から言葉を奪う。
「祝言を挙げるまで、楽しみにとっておきます」
「はい」
そこから先は、もう言葉は必要なかった。
ただ、互いの温もりを感じ、時折口づけを交わし、二人は微睡みに落ちていった。
この上ない多幸感の中美都子が思ったのは、もし死ぬ瞬間を選べるなら今がいいということだけだった。
特に根拠があるわけではないが、なんとなく、美都子は己の人生の絶頂は今なのだと感じていた。