その愛の終わりに

翌朝、障子の隙間から差し込む朝日の眩しさに目を擦りながら、美都子は目覚めた。

足首が布団からはみ出ていたため、冷えてしまっている。
しかし、肩から首にかけては、心地よい温かさに包まれていた。

隣で寝息を立てる山川を、美都子は息をひそめて見つめた。
白皙の美貌を誇る顔は緩み、子供のようにあどけない。

この顔を知っているのは自分だけだと思うと、自然と美都子の顔も緩んだ。

このままずっと山川の寝顔を見ていたいが、今日は義母が旅行から帰ってくる日である。

あまりゆっくりはしていられない。

身支度を済ませるために、名残惜しさを振り払い、美都子は山川の腕の中から離れた。

洗濯に出していたワンピースに袖を通し、手櫛で髪を整える。
そうしている間に、山川が目を覚ました。

「おはようございます」

寝ぼけてはいるが、山川の声は明瞭であった。
はにかみながら美都子もおはようございますと返し、湯呑みに白湯を注ぎ、手渡した。

白湯を飲むうちに目が覚めていった山川は、美都子が既に着替えを済ませていることに気づいた。

「もう、帰られるのですか」
「ええ、今日は義母が帰ってくる日ですから……」

にわかに無言になり、二人の間になんとも言えない空気が広がる。

「これからは……」

沈黙を破ったのは山川であった。

「毎週、日曜日に洋書の翻訳を手伝ってください。誰かを迎えに寄越します。しばらくは、昨夜みたいに共に一夜を過ごすことは出来ないでしょう」

明け透けな物言いに赤面はしたが、美都子はしばらく会えないことに落胆した。

「多分、もう今年は会えないでしょうね。美都子さんも、年末は何かと忙しいでしょう。年が明けて少ししたら、仕事の手伝いをお願いいたします」

「はい……」

「どうしても会いたくなったら、東京大神宮の絵馬を一番上の段の左端にかけて。僕は毎日あの辺を散歩しているから、すぐに気づける」

そう言うや否や、山川は美都子を抱き寄せた。
昨日の触れるだけの繊細な口づけなどではなく、荒々しい、貪るような口づけが美都子を襲う。

美都子がそれに応える間もなく、山川は美都子から体を離した。

「もうだいぶ日が昇っている……行って下さい」
「はい……」

立ち上がり、部屋を出るとき、美都子は決して振り返らないように意識した。

仲居に人力車を呼んでもらい帰路につく間も、美都子はただ前だけを見つめていた。
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