その愛の終わりに
翌朝、いつもより早めに女中に起こされて、美都子は慌ただしく身支度をした。
今日の昼から夕方にかけて、近辺に住んでいる夫の親戚達が続々と屋敷に来るのだ。
三日まで滞在する彼らをもてなすのは美都子の仕事であった。
客室の最終確認を終えたら客人を玄関ホールで出迎えなければならない。
今夜は親族揃っての晩餐会もある。
仕込みに抜かりがないよう、厨房にも顔を出さなければならない。
いつもより簡素な朝餉を済ませ、美都子と義母は化粧をなおした。
時計の針が十一時を指す頃に玄関ホールに向かう。
十五分ほど待つと、黒塗りの自動車が一台近づいてきた。
緩やかに減速していき、正門の前ぴったりに車が停まる。
車から出てきたのは、義直の伯父にあたる東雲竜一とその妻であった。
一番先に到着したのがもっとも苦手な人物だったため、美都子は一瞬気が遠くなった。
亡き義直の父の弟である竜一は、有能な社長ではあるが男尊女卑の傾向にあり、美都子は結婚当初から苦手であった。
「奈月義姉さん、ご無沙汰しております。美都子さんも、お元気でしたか?」
そして、腹の底から出ているようなよく響く声も、美都子にとって不快なものであった。
「ええ、私も美都子さんも変わりないわ。残念ながら義直は今年はいないけれど、ゆっくりしていってくださいな」
「うむ。義直といえば、結婚してもう二年経つだろう?美都子さん、懐妊の兆候はないのか?」
久しぶりに会話をしたと思えばこれである。
ちなみに、半年前にも一言一句同じ会話をしている。
「残念ながらまだ……」
「いい加減跡継ぎを作らないと。あんただっていつまでも若くはないんだから。義直が帰ってきている間、いつでも機会はあっただろうに何をしていたんだ」
美都子よりも七つ年上の義直はどうなるのか。
男はいつでも子供を作れるから多少年嵩でも問題ないとでも言いたいのか。
不快感のあまり言葉を発するのも億劫で、美都子は閉口した。
「まあまあ竜一さん、美都子さんはまだお若いし、義直はあの通り、船であちこちを行くでしょう?帰って来たと思ってもすぐにまた行ってしまうし、まだ子供がいなくても仕方ないわ」
奈月がすかさず間に入るも、竜一は納得がいかない様子で、さらに言葉を重ねようとした。
しかし、ちょうどその時、屋敷の前に二台の車が停まった。
これ幸いと、美都子は竜一の相手を奈月に任せ、その場を離れた。