その愛の終わりに
彼と目が合った瞬間、身体中の血液の巡りが早くなった。
特に胸は激しく脈打ち、人混みのうるさい中でもはっきりと心臓の音がわかる。
どれだけ言い訳をしようと、もう疑いようがなかった。
これが自分の気持ちなのだ。
縋るような溶けきった甘い眼差しをしていることに、美都子自身は自覚はなかった。
山川はうっすらと顔を赤らめ、軽く頭を下げた。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
こんな時でも律儀に新年の挨拶をしてくれる彼に、美都子は満面の笑みを浮かべた。
「明けましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします」
「その留袖は……義直の見立てですか?」
褒められることを期待していた装いだったが、何かが気に障ったのか、山川の表情は曇っている。
「いいえ、私が選んだものですわ」
慌てて否定する美都子だが、それを切り捨てるように山川は言った。
「購入したのは義直だろう。その簪も、手提げも」
苦虫を噛み潰したような顔をする彼に、気合いを入れたこの格好は失敗したのだと美都子は悟った。
「確かに今日の貴女はとりわけ美しい。だが、貴女の身を飾っているものがすべて義直からの贈り物だというのが……なんだか面白くない」
ふて腐れてそっぽを向く山川に、美都子は口元がだらしなく緩まないように気を付けた。
こういった子供っぽい嫉妬すら愛しく感じるのは、山川だからであろう。
「義直とは違い、私はこんな立派な着物や簪は買ってあげられない」
「山川さんのお側にいられるなら古着でもいいわ……こんな格好で言っても説得力がないけれど」
喜ばせたくて張り切ったのだけれど、空回りしてしまったわね。
眉尻を下げてそう言った美都子に、山川の表情はますます険しくなった。
「あまり可愛らしいことを言わないでください。どう反応したら良いのか……」
言葉がなくなったその時、美都子は視界の端にこちらに戻ってくる子供達をとらえた。
「甥っ子達が戻ってきたわ」
「では、私はここで……」
去ろうとする山川を呼び止め、美都子は小さな声で口早に話した。
「山川さん。私、夫と離縁について話し合います。ちゃんと向き合います。だからもう少しだけ、私のことを待っていて」
それは、美都子からの一方的な宣言であった。
返事を聞く前に山川の側をすり抜いて、美都子は子供達を迎えに行った。
そして彼女は、振り返ることなく鳥居をくぐっていった。