その愛の終わりに
その愛の終わりに
壱
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予定よりも早く帰ってきた小間使いを不審に思うと、思ってもいなかったことが伝えられた。
「お坊ちゃん、東雲家の奥様にお会いすることが出来ませんでした」
彼女は困惑した様子だったが、その一言に山川も眉をひそめた。
「というと?」
「東雲家の旦那様が、『妻から話しは聞いている。明日必ず伺うから、今日のところはお引き取りを』とおっしゃっていました」
「……そうか、わかった。もう帰ってもいいぞ」
その口振りからして、おそらく美都子との関係はバレたに違いない。
深いため息をつきながら、山川は二階の自宅へ引っ込んだ。
義直の帰りが早いのは予想外であった。
しかし、彼がまだ美都子に執着しているであろうことは予想の範囲内である。
行儀悪く畳の上に寝転び目を閉じれば、美都子の白く柔らかな肌と華奢な体を思い出す。
あどけなく開いた口元のほくろが扇情的で、我を忘れて襲いかかりそうになった。
初めて出会った日から、なんとなく彼女を愛するかもしれないと予感はしていた。
子供のような純粋な笑顔と、それとは裏腹に知性的で誇り高い姿に、惹かれるものを感じたのだ。
義直とうまくやっているのを見て、複雑な気持ちにはなったが、二人がうまくいっている限りは見守ろうと思っていた。
その決意は思ったよりも早く崩れ、美都子が義直に疑いを持ち始めると同時に、心の奥底に閉じ込めた欲望が吹き出しはじめた。
彼女が欲しい。
素直にそう思ったのは、義直の不貞を知り泣き崩れた美都子を抱き締めた時だった。
直視しないようにと気をつけて、心に幾重も鍵をかけていたにも関わらず、抗うことは出来なかった。
時間が経てば経つほど、その魅力に溺れていく。
山川は、もう自分の気持ちが定まっているとわかっていた。
彼女以外を愛することは出来ないし、これから先生涯を共にするなら彼女以外にはあり得ない。
義直は付き合いの長い友人であったが、これを機に友情が壊れるだろう。
重苦しい気分で天井を仰ぐが、不思議と気持ちは凪いでいる。
義直にどう思われようと、美都子を諦める気はない。
その決意を胸に秘めたまま、山川は自室の明かりを消した。