その愛の終わりに
「答えがないのが答えだな」
冷笑を浮かべる義直に、山川は頭を振った。
「信じられない。お前が、美都子さんと俺の仲を裂こうと謀ったとも考えられるしな」
「なるほど。なら、明日屋敷に来い。産科は専門外でも、医者なら妊娠しているかどうかくらいわかるだろう。その目で確かめるがいい」
義直がはったりを言っているわけではないと、山川はわかっていた。
玄関から出ていく義直を無言で見送り、山川はきつく奥歯を噛み締めた。
じわりじわりと心に染み込む絶望感に、もはやここまでかと目をつむる。
愛してはいけない人を愛したから、罰が下されたのか。
友の信頼を裏切ったから、罰が下されたのか。
美都子の妊娠を確かめるだけの度胸は、今の山川にはなかった。
脳裏に、義直の暗い笑みがちらつく。
まるで、“お前の美都子への愛はその程度のものだ”と言われているようで、それに対する反発から様々な言葉が生まれる。
子供がいようと気にならないといえば嘘になるが、それでもやはり、美都子を愛する気持ちは消えない。
だが、美都子は?彼女のほうは?
子供の実父を捨ててまで自分を選んでくれるのか?
子供を連れて俺のもとに来た場合は?
俺は、自分と血の繋がっていない子供を愛せるのか?
無理だ、現実的じゃないと叫ぶ常識人の自分の声が、どんどん大きくなっていく。
決定的なことを考えようとしたその時だった。
玄関が開く音がし、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「坊っちゃん!いらっしゃいますか?坊っちゃん!」
かつての乳母のしゃがれた低い声が聞こえるなり、山川は驚き、玄関に駆け寄った。
「お松か!一体どうした?実家で何かあったのか?」
姿を現した山川に、お松はさらに声を響かせた。
「まあああ!一体どうなさったのですか?そのお顔は!いい年をして、殴り合いでもなさったのですか?」
まったく、良家の子息としての自覚が足りない、と呆れた様子で小言をぶつけようとするお松を、山川はなだめた。
「それより、何か用があってここに来たのだろう?お松が来るときは、大体父上からの使いだと相場が決まっているのだから」
「そうそう、旦那様から、今すぐ帰ってくるようにと言付かりましたわ」
「父上が?」
呼ばれる理由を考えてみたが、皆目検討がつかない。
わからないことに頭を悩ませても仕方がない。
山川はお松を玄関先で待たせ、早々に支度を整えた。