その愛の終わりに
久方ぶりに足を運んだ実家には、両親だけではなく、父の兄に当たる叔父、叔母もいた。
どこか浮き足だった雰囲気に疑問を感じながら、山川は父に問いかけた。
「彼岸にはまだ早いし、誰かの誕生日でもない。なのに皆落ち着かない様子だ。何かあったのですか?」
慎重に言葉を選んでいた弟をじれったく思ったのか、山川の叔父が性急に切り出した。
「雄二郎、お前、今年でいくつだ?」
「二十七ですが……」
「そろそろ身を固めても良い歳だ。兄がいるとはいえ、早く家庭を持ち、後継となる男児をもうけて、親を安心させてやれ」
その言葉は、山川の胸に嫌な予感を残した。
「お前に縁談が来ている」
意を決したように口を開いた父に、山川は目を見開き、固まった。
恐れていたことが、現実となってしまった。
「私の知己に陸軍の中佐がいてな、そこの一人娘が今年で十八だそうだ。一度会ったことがあるが、美しく聡明で、気立ても良い。従順な、よき妻となろう」
美都子に出会う前は、誰と結婚しようが同じだと思っていた。
相手を紹介されたらまずは会ってみて、特に性格や家柄に問題がないようならそのまま結婚し、さっさと孫の一人でももうけただろう。
しかし今は、今となっては……。
「まだ、縁談は早いかと。私は医師としてようやく独立したばかりで、今は修行の時です」
やっとの思いでそう言えば、まさか断るとは思ってなかったのか、怒りにやや驚きを混ぜながら、叔父が怒鳴る。
「まさか断るというのか!?」
「お断りします。この歳で独身の男は多いですし、何より気乗りしません」
「なんだと……!」
今まで、家族にも親族にも逆らったことはなかった。
家督を継がせてやれない引け目からか、山川が医師になりたいと申し出た時、両親は迷わず学費や留学費用を出してくれた。
それをありがたく思い、今の今まで山川は両親や親族が要望することには可能な限り応えてきた。
「まさか……雄二郎さん、どなたか花嫁にしたい方を見つけたの?」
母親の勘というものなのか、山川の母は訝しげに息子の顔を覗きこんだ。
咄嗟に目をそらし、山川は否定の言葉を吐いた。
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「なら、私の目を見ておっしゃい」
ぴしゃりと叩きつけるような言葉に一瞬怯むが、何事もなかったかのように、もう一度否定する。