その愛の終わりに
「誓って、私にはお慕いする女性はおりません」
「そう、ならなぜ断るの?以前までのあなたなら、これも義務と割り切り、縁談を受けていたはずよ」
「いざ独立してみると、自分の未熟さに気づきました。今はただ医師としての仕事に集中したいのです。それに、私は長らく日本を離れていましたので、欧州の柔軟な空気に慣れてしまいました」
「……つまり、お見合いそのものが嫌だと」
「端的に申しますと、そうです」
互いの腹の内を探り合うような言葉の応酬に限界を告げたのは山川でもなく、彼の母でも父でもなく、叔父であった。
「雄二郎、いつから西洋かぶれになったんだ!見合いに良いも嫌もあるか!見損なったぞ」
「叔父上には感謝しておりますが、私も一人の人間です。自分の意思というものがある。とにかく、今は誰とも見合いなどしません」
強引に話を切り上げ、山川は父の制止を振り切って実家を飛び出した。
運転手を待っている間に連れ戻されるかもしれないため、歩いて街に向かう。
冬らしいきりっとした冷たい空気を浴びながら、足早に街道を進む。
このままでは、強引に縁談を進められかねない。
しかし、誰もが納得出来るだけの断る理由が見つからない。
人混みの中で周囲を観察するが、山川が見知った顔は見つからなかった。
それなのに奇妙な息苦しさを覚える。
どう足掻いても未来が考えられない現実に、心が悲鳴を上げていた。
「もはや、ここまでか……」
せめて、美都子が身籠っていなければ。
彼女一人なら、共に家を捨てて逃げることも可能だったのに。
今だって、子供が流れてしまえば……。
思考の海に浮かんだその言葉の残虐さに、山川はハッと目を見開いた。
自分でも自分が恐ろしくなった。
医者という職業につきながら、罪もない子供の死を願った己が信じられなかった。
このまま美都子を愛し続けていたら、いつしか自分はとんでもない化け物になってしまうのではないか?
そうなった時、それは愛と言えるのか?
執着といったほうが正しいのでは?
解放されたい。
ふと、そんな風に思ってしまってからはもう歯止めが効かなかった。